死の民主化革命は自分で起こせ!

革命は今この瞬間起こさなくてはなりません。(別に起こさなくてもいいんだけど最期に後悔する可能性がある)
革命といっても民衆に行動を促し、共に現体制をひっくり返すようなことではなくて、自分のマインドの中の革命です。
自分の死に方を自分の世界観で考えるという、
ごく自然で当然な権利を確立することです。
病気になったらお医者さんに診てもらう、生き方に迷ったら宗教の思想を勉強をしてみるというのも結構なことでしょう。
とにかくなにかに困ったら行政のセーフティーネットに頼ってみることも大いに結構だと思います。
しかし、さいごの最期に死が間近に迫った時には誰に頼りますか?
医者ですか?宗教ですか?行政ですか?
頼ったところで死からは逃れられません、先延ばしにすることはできるかもしれませんが、先延ばしにしただけです。
最終的には受け入れるしかないのです。
そう、最終的に受け入れるのならばなるべく早い段階で受け入れる体制を整えればいいのです。
それはいつか?
それは、今!
カンタンなことです。
人はいつか死ぬ、だから自分の死についてちょっと考えてみる!
自分の最期についてちょっと考えてみる!
それでいいのです。
自分で決めたことならば後悔はないはずです。
なにがなんでも生きてやる、電極やチューブを身体に接続して意識がなくても生きてやる。
結構なことです。
闘病に耐えられないので海外で安楽死をする。
結構なことです。
一番大切なことは
自分で決めること!
医者に言われたから、教典に書かれていた、というのではなくて、自分で決めること。
自分で決めるということは、自分にすべての責任があるということです。決断するには材料が必要です。その材料とは普段から死について考えることです。
病気になってからでは遅い、災害や事故に遭ってからからでは遅い、今すぐに死の民主化革命をしないと、誰かの指図によって死んでゆくことになりかねません。
死は専門家のものではない、誰だって死ぬんだ!
だから、死をタブー視せずに身近なものとして、生きとし生けるもの、みんなのものとして、自分自身の自分だけの死を手に入れるために、死について考えよう。
”死テラシーブログ”
