故人と再会する方法あります! 死後の待ち合わせ場所

突然死

みなさんこんにちは、誰も得することのないブログ (レンタルサーバー屋さんは得していますが)

”死テラシーブログ” でございます。

突然ですが、死は悲しいですよね。死は辛く悲しいものです、でもそれは死んでしまったこと自体が辛く悲しいのですかね?

今まで会話をして、動いていた人がいなくなってしまうということが悲しく辛いのですよね。

死=永遠の別れ!

それは死というよりも、別れが辛いということでもあるのではないでしょうか?

マンガや映画のような変な例えになりますが、

もし死んでしまった人間と会話ができたのならどうでしょう?

家族、友達や知人…亡くなった人間と会話ができたのならどうでしょう?

身体は消滅していますが、亡くなった本人と会話ができたのなら喪失感はそれほどではないように感じます。

それは長距離電話で話しているかのように、チャットをやっているかのように…

いつでも交信ができるのならば、喪失感は多少和らぐのではないでしょうか。

そんなテレパシーのようなことは当然できませんが、お互いが事前に約束をしておけば、会話とまではいかないけれど、故人と感じ合える事は可能なのではないかという提案です。

結論から言いますと

死そのものが辛いのではなく、別れるのが辛いのではないか、

だとしたら以前から、

死んだ後の集合場所と日時を決めておけば

いいんじゃないの?

そのように考えてみました。

 

死は突然来るよ!

あたりまえの事ですが、死は突然にやってくる場合も多くあります。

普段死ぬ事を前提に活動や発言をする人はあまりいないでしょうけれど、普段の生活は明日も明後日もずっと続く事ではありません。

また、年齢の順番通りに死んでゆくとも限りません。

親は子を育て、子は成長し親を看取る。

これはあたりまえの事ではありません。

でも、どうしてか死に関しては普段の会話として、あまり話題にならないですよね。

日本神道(しんとう)では死を遠ざけて嫌う風習がありますので、

死というワードを持ち出すと

そんな縁起でもないことを言わないでっ!

そんなふうに感じる事も多いでしょう。

そのようなことだと、死に直面した時のダメージが大きくなってしまうのですよね。

”だからこそ死に対して普段から意識を高く持ちましょう”

という事が言いたいのです。

喧嘩ばかりの家族でも、笑いばかりの家族でも、誰か明日死んでしまう事も十分に考えられます。

後悔先に立たず  覆水盆に返らず 

といったように、終わってしっまてからでは遅いのです。今できる事を今のうちにやっておけば、後悔もダメージも最小で済みます。

普段から家族、親友で死について考え話し合う事をお勧めします。

後悔しないために…

では、どうしたらいいの?

コメント

  1. Left より:

    いつも大変お世話になっております。
    レフトです。
    この記事もYouTube動画にしました。

    https://youtu.be/Pu6czfzvZbM

    • なかなか なかなか より:

      自分の記事ですが、とても感動しました。画像と音が混ざると印象が違いますね。いいものができましたね、これを見た人の心の癒しになればいいですね。

      • Left より:

        ありがとうございます。私は特にピアノのBGMが気にっています。これからも、美しい動画を作成したいです。

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