まとめ・絶食死の可能性は? 闘病と自殺
ありがとうございます、最後まとめになります。
結局何が言いたいの?
まず初めに言いたい事は、
絶食死を進めている訳ではありません。こんな考え方もあるのだという一つの選択肢案です。
という事を改めて確認します。
そして、
絶食死や自殺は否定しません
絶食死を試みるという事は
死が完結するまでの時間稼ぎになるのではないか
という考えのもとこの記事を書いております。
だって気が変わるかもしれないでしょ、飛び降り自殺の落下中にやっぱりやめておけばよかったってなっても引き返すことはできないですもんね。
何で生きているの?
と聞かれたのならば
どういう訳か、
意識もせずに呼吸をしている、心臓も動いている、腹が減る、消化する、排泄する、発汗する、眠気が来る…
脳幹という脳の部分の働きによるものなのだそうです。
死にたいのにこれらの生命活動が自動的に行われている。
誰に断ってそんな作業をしているんだ?
誰かに命令されているのか?
そんなに働いて何か得があるのか?
それは脳幹や細胞、遺伝子だけが知っています。
答えが無いという
答えが出ている
そんな屁理屈のような哲学的な言葉が浮かんでくる。
生きる意味はよく分からない
という答えが出ている
それで良しとしてもいいではないか。
生きるか死ぬかは自分の意思で決める事もできる
という答えが出ている
辛い日々は変わらない、逃げ場が無い事も変わらない、逃げ場は
”死”
意外には考えられなくなっている、そんなときは
絶食!
してみたら何か見えるかもしれない、ドーパミンやエンドルフィンが何かをみせてくれるかもしれません。
また、
闘病生活に疲れ果て、生きる意味を失うこともあるでしょう。
手術や投薬で思うような効果が出なくなることもあるでしょう。
科学や医療は万全完璧ではありません、人体についてはわからない事の方がまだまだ多いと聞いたことがあります。
だから、最終的には自分の身体の事は自分で考える、医者や医療は他人様なのですから、そこの重要な部分を他人任せにしていいのでしょうか?
数十年間の人生の最後のたかだか数年間、医療やお医者様の言いなりになって最期を迎える事が良い事か悪い事かは自分自身で決めてください。
気心の知れない他人の言いなりになって最期を迎えたいですかね?(もちろん親切で思いやりのあるお医者様もたくさんいるという事もわかっていますョ)
自分の事です!
自分の人生なのです!
最期のその瞬間くらい自分で決めませんか?
日本の今の現状では、安楽死や自殺幇助の合法化は早急には望めません、また緩和ケアという医療行為もありますが完全完璧に本人の意思が通らない場合も現実としてあるようです。
鎮静剤も約10%は効かないという報告もあります。
無力になった自分にできることとしたら、
絶食死 餓死
しかないと考えます。
絶食死はその可能性を十二分に秘めていると思います。
心身共に衰弱して、死へ近づいたときに、最後のエネルギーを絶食へ投入することで、おだやかな死が訪れるのではないかと想像してしまいます。
必ずうまく行くというものではありませんが…
絶食という自死を直視してゆっくりじっくり考える時間、死ぬまでのゆっくりとした時間というものに意識して死を考えてみても良いかと思います。
絶食死を一つの選択肢として心の片隅に置いておくことで、生きる事への辛い気持ちが楽になっていただけたらと思います。
…もし私が病に伏して、治療はせずに、緩和ケア医療に見放されたら…絶食死…視野に入れています…気持ちが楽になります…
厳重注意・くどいようですが、ここでは絶食死を進めている訳ではありません。こんな考え方もあるのだという一つの選択肢案です。生きる事に対して気持ちが少しでも楽になっていただけることを目的としています。心身の異常を感じていたらまずは病院に行きましょう。
”死テラシーブログ”


コメント
いつもお世話になっております。
このちょっと難しい記事も動画にしました。
お楽しみください。
https://youtu.be/uq3fKpJJRwc
ありがとうございます。
この記事は、動画になる前にむふむふさんに褒められた記事でした\(^_^)/
コメントが来るのは動画のおかげです❤