自殺の多い町と少ない町 徳島県A町と旧海部町 その②

自殺

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自殺の多い街徳島県A町と旧海部町の続きです。

【自殺会議】という本の中で、【生き心地の良い町】という本の紹介をしていて、自殺会議の著者、末井昭さんが徳島県を訪れる内容の本を読んでの私見です。

【自殺会議】末井昭・著 朝日出版社
【生き心地の良い町】 岡檀(おかまゆみ)・著  講談社

”警察庁が出す自殺統計だと亡くなった場所でカウントされる”

ということなので、A町で自殺した人はA町の人間だとは限らないという事でもあります。自殺の多い町というイメージに引き寄せられて、他の地域からやってきた人が自殺をしたらA町でカウントされるようです。

だったら、A町と旧海部町を比べる意味ないじゃんって事にもなりますよね。

旧海部町の人間がA町で自殺したのならば、A町で一人自殺したことになります。

なので、目を血眼にして”統計上おかしいじゃないかっ”といったような目線で見ないで、やんわりA町と旧海部町の人々の気質というものに触れてみたらいいと思います。

A町と旧海部町を比べる対象にするにはちょっと酷な印象です。

だって歴史や地理が全然違うからね。

本を出版された方は読者にわかりやすくするために、同じ県の対象の差が大きいこの二つの町を紹介したのだと思います。

貴方ならどちらの町に住みたいですか?

という愚問を思いついてしまいますよね。

一見、というか普通というか旧海部町に住みたいという方は多いと思います。だって便利なんだもん。

そうですよね、結局便利なところに住みたいですよね、でもそれはどちらの町に住むか選べる事が出来て初めてこっちに住みたいとなる訳ですよね。

要するに選択肢があるということになりますよね、では選択肢が無かったのならどうでしょう?

きっと希望どおりの町に住むことができなかったのなら絶望することでしょう。

では、昔の人の現実はどうでしょう?もともと住んでいた人、お嫁さんとして嫁いできた人はほとんど自由な選択肢はなかったものだと思います。

特に昔の結婚事情は適齢期になった娘は本人の意思はさほど尊重されず、集落やお家の都合で縁談がまとまるといったような時代でした。それが普通でした。

選択肢があるということはそれだけ心に余裕がある事なので窮屈に感じる事は少ないでしょう。自分で選んで自分で行動しているので納得できる部分もあることですし、あきらめ感もある、何より嫌なら引越しをすることもできますよね。

A町と旧海部町にもこのような

選択肢があるかどうか

による違いもあるのだと思います。

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