毎日死のあいさつをする 火打石のすゝめ!
先の項でも述べましたが、現代の日本人は死が身近にないので死に対しての免疫力が低下しており、過大に反応してしまっているように感じます。
死が身近に無い事で、死は恐ろしいもの、遠ざけたいのも、考えたくないもの…
とにかく物凄い拒否感があります。
極端な拒否感があるので、死そのものを見ようともしないものだから突然の死を受け入れる事も当然できません。
死はタブーなのです。
本当にそうか?
という疑問を持ってもいいはずです。 疑問からすべては始まります。
日本では死はタブー視されている? 誰がタブー視している? 社会が?
死がタブーだなんて誰も言っていないし、法律にも定められていないではないか、ではどうして日本人は死を忌み嫌うのかというところは所説ありますが、ここではスルーします。
とにかく死を極端に嫌います。
嫌うのは個人の勝手なのですけど、困ったことに死は誰にでも必ずやってきます。
突然にでも、緩やかにでも死が訪れた時に、あたふたしないように死を身近に感じるような儀式を毎日行ったらいいじゃないですか?
それが
行ってらっしゃい!
私は、ブログで死についていろいろ調べて駄記事を量産しているので、自身の子供達もなんとなく死についてうすうす感じているところはあるようには感じていますが、一般家庭ではなかなかそうはいきませんよね。
そんな時には
ちょっと大袈裟な
行ってらっしゃい
をしてみてはいかがでしょうか?
イメージとしては、一か月程度のしばしの別れくらいの熱量がいいと思いいます。
ハグや握手、ハイタッチなどなど…
当然子供やパートナーは違和感を感じます。
急になんなの? ってなります。
その時は、
だって事件や事故、震災でお互い死ぬかもしれないでしょ?
毎日最期のあいさつを更新しているのだという事を伝える事に大きな意味があります。
一般の家庭では、なかなか死について話をする機会はありませんが、行ってきますのあいさつくらいはさすがにするでしょう? 挨拶もしない家庭がある事も理解しています
行って帰ってくるよというお互いの願いは、今生きているという証拠でもあり、生きて帰ってくるという事は当たり前では無いという生死にまつわる認識が生まれます。
ちょっと大袈裟な行ってらっしゃいは、送られる側からすると(特に思春期の子供)ウザいって感じるところもあるかもしれませんが、そのウザイなという印象が大切なのです。
ウザイ…?なんでウザい…?
そっか、自分も家族も突然に死ぬかもしれなって言ってたよな…
生きて帰ってきて欲しい、送る側も生きて再会する事への願いがこもっているからです。
という訳で、ちょっと大袈裟な送り方として、
火打石はマジでおススメです! 我が家でもやっています!
急にどうしたの?
だって今日死ぬかもしんないでしょ?
カッカッカッっと火花でも散らして送りましょう!