なぜ若者の自殺だけを特別視?死にたい若者に言いたい事

自殺

どうも、こんにちは。

”死テラシーブログ” です。

何の役にもたたない、死生観的な記事をダラダラと書いております。

私見ですし、専門的でもありません、文章もめちゃくちゃです、物好きな方のみお付き合いください。

この”死テラシーブログ”では、生きるも死ぬも自分で決める事ということをモットーとしています。

死ぬなっ、強く生きろっといった内容のモノではありませんので、イメージと違っていた方はここで離脱してください。

 

さて今回は

若い人の自殺をどうして特別視するのか?

死を意識している若い人達にとって生きる事へのアドバイスは有効か?

そんなことを考えてみたいと思います。

みなさん、若者の死と言ったらどのようなイメージがあるでしょうか?

歴史が好きな方でしたら、兵隊にとられて戦地での名誉な死とイメージする人もいると思います。

また、いじめや恋愛、人間関係の悩みでの自殺をイメージする方も多いと思います。交通事故や病死もありますが、若い人と死は縁遠いイメージが根本的にある事だと思います。

若さというイメージは、可能性が無限に広がり、楽しい事に満ち溢れ、頭も体も冴えわたり、人生の残り時間がたくさんあり、人生で最も光り輝くとき、などといったイメージなのでしょうが、

それが

胡散臭いんだよっ!

って感じる若者もいます。

たぶん多いと思います。

生きづらく思い悩んでいる若者にとって現状がつらいのであって、将来の事なんか考えられるはずもなく、消えたい死にたいという事だけが頭の中で渦巻いている状態だと思われます。

若いからとか、人生これからだから、とか

カンケー無い

年齢を重ねた人が、若い層に時間や若さの価値観を押し付けて、モノを言うという事は若い人達にとって全く無価値なものであると同時に、害がある物だと思います。

身体が健康だろうが、将来への時間が多かろうが、今がつらいという事にはなんら変わりはない、そこは老人だろが重病人だろうが若かろうが

カンケー無い

という事になりますよね。

ましてや若者は頭が良くて感受性も豊であるため、生きる事や死ぬ事、人生とは一体何だろう、自分は何者なんだろうと哲学的に考え、敏感に様々な事を察知します。

そんな敏感な時期に、生きる事につまづくような出来事があれば、負の考え方になる事は容易に想像できますね。

死んでしまいたいと思うことも、あると思います。

そのような時期、本人にどのようなアドバイスができるのか、

答えは

アドバイスは刺さりません!

アドバイスをしても、あまり意味はありません!

生きづらく感じている若い世代はアドバイスや助言そのものが

胡散臭く感じるのです。

生き生きとしている様、陽キャ、アクティブ、前向き思考、希望…

胡散臭く感じるのです。

私はそんなふうに考えます。

私も若い頃はそうでしたから…

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