最終結論
私はバカだから、文化的な死に方がどのようなものなのかわからない、具体的に教えてもらいたいのです。
そんなバカな自分が出した答えは、
文化的な死は安楽死や尊厳死にも当てはまるのではないかと解釈しました。
日本人の古来からの生き方、脈々と続いてきた文化を経て今ここに日本の社会があります。少子高齢化社会は日本の文化が築き上げたものでもあります。
高齢になればなるほど、認識力、判断力が低下して生きる事や死ぬ事を考える事が億劫になり、医療技術にもたれかかり、なんとなく生命活動を続けるといったような人がほとんどです。
死ぬ前日まで執筆活動をしていたり、死ぬ前日まで演劇の舞台の上にあがっていたり、死ぬ前日まで仕事の打ち合わせをしているなんて文化人は稀で、自分を含めて凡人は自分のゴールを決める事ができるシステムがあった方が良いと思います。
また、年齢を問わず十分生きた、研究も十分やった、といったように燃え尽きたと実感できる人間を安楽に死ねるようにするシステムもあっていいものだと考えます。
生きている事が全て正解といったような生命維持絶対主義とでも言いましょうか、古いというか今の日本では経済的にも制度的にも破綻しているように感じます。
死に対して、自由で開かれた考え方があった方が今後起こりうる社会問題にも柔軟に対応できるものだと思います。
他人に押し付ける事もなく、押し付けられることもなく、自由である事
カンタンに言ってしまえば、
死をタブー視せず
受け止めて
自由な発想で死を考える
そんなことができるのはヒトだけなのです。
逆に言ってしまえば、文化的だからこそ
ヒトは自殺する
のでしょう。
自殺も文化、安楽死や尊厳死も文化、国家や宗教ももちろん文化です。
ヒトは文化的な生き方をして発展してきました、ピラミッドを造ったり、お金を発明したり、宇宙に進出したり、他の生物では考えられない進化をしてきました。
そろそろ、人類発達の終息時を探しているようにも思えてしまいます。
ヒトは文化的に生きて来た、だからこそ文化的に死んでゆく、
文化的に死ぬということは動物ではありえないので、
自らの自由意思で自らの生命活動を断つ
これからは、そんな文化が発達することがあることもあるのではないでしょうか?
終わり
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