死へのステップ
最後に、まとめますと。
自身の病気による、体調不良時は生死に関わる考えは
生きたくも死にたくもなく
ただ、ひたすら気分の悪い状況に太刀打ちもできずに、身を任せるだけ。
しかも、思考停止を余儀なくされるというものでした。
思考停止っていうことが案外肝になる部分だという考えもできますね、このまま薬が無ければ、呼吸が苦しくなり、吐血し、高熱に見舞われ、意識を失い
死んでゆく
ことになるでしょう、とーっても苦しいと思いますが…
苦しさに耐えかねて自殺をするかもしれませんが、そこまでの行動力や考察力はほとんどないでしょう。
体調不良時の気分が悪くての意識停止は死へのワンステップなのでしょうか、まあそう解釈しても良いと思います。
電気のブレーカーが落ちる前の準備段階なのだと思います。
病は死に近づいていることはまがいもない事実ですから、免疫上はこの困難を乗り越えたら一つヒトは強くなるのだと思いますが、私の場合は薬で生かせれているだけなので、ヒトとしてはとっくのとうに死んでいる個体です。肺を強くするという進化に失敗した個体です。
今回、ただの体調不良をブログのネタにしてしてみましたが、どのようなものにも見方があって、それを公表するための見方は普段の生活では成しえないとても新鮮な見方を感じました。
普通だったらいつもの体調不良で特別何も感じず、特別何も学びが無いということになりますが、ブログをやっているおかげで、モノの見方が完全に変わってきました。
感性が鋭くなるといいますか、脳を回転させていろいろ考えてしまいます。
ボケ防止にはちょうどいいのです。
自分自身の病気をネタに死生観になぞらえていろいろ綴ってきましたが、体調不良ってどなたにも起こりえますよね。この、体が訴えかけている症状は
死へのワンステップ
なのだと思って、心身と会話してみてはいかがでしょうか?
心身の変化は気のせいと逃げていては、学びは何もありません、問題を先送りにしているだけです。
せっかく体調不良になったのですから、しっかり休んで
生きる事
とか
死ぬ事
なんてぼんやり考えてみてみるのもいいのではないでしょうか。
お疲れさまでした
こんなところまで読んでくださってありがとうございました
皆様に良い死が訪れますように願っております
”死テラシーブログ”
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