死が悲しいのではなく、悲しいのは別れ
カンタンにまとめます
死はそもそも悲観することではありません、病気や寿命はヒトの進化に必要なモノだからです。
そうやって何億年も前から生物は生きて来たのです。
ヒトには科学がありますが、ヒトが永遠に生き続けることはありません。
ヒトが永遠に生き続けることができたとしたら、生態系や気候変動のバランスが崩れ、最終的にヒトは絶滅することでしょう。
だから、柔軟に冷静に死を受け止めて生きて行く、そして死んでゆく事は理にかなっているのです。
死から逃げていては
失うものが余計に多くなってしまいます。
ヒトは必ず死にます、だから生きているうちにできる事をしておくことは大切なことです。
親族、知人が死んだらもちろん悲しいです。
しかし、悲しいと思う事の大部分は
「 別れ 」
にある物だと考えました。
別れが悲しいのならば、死後も意思の疎通ができる約束をすればいい、意思の疎通ができるツールがあればいいのです。
そうすれば、故人といつでも繋がれるという事になりますよね。
そうすればあなたの喪失感が多少は和らぎます。
死者と連絡をいつでもとれる時間と場所を、お互い元気で生きている時に打ち合わせをしてみてはいかがでしょう?
死は突然、誰にでもやってくる場合もありますので、年齢、健康・不健康などは一切関係ありません。
身近な家族から話し合ってみましょう。
タイミングとしては、正月とか誕生日の時とか、よいとおもいます。
もし家族の誰かが死んでしまったら、その後どこで待ち合わせをしようか。
死後の待ち合わせ場所を、家族間で確認してみてはいかがでしょうか?
きっと後悔はしないはずだと信じております。
”死テラシーブログ”
コメント
いつも大変お世話になっております。
レフトです。
この記事もYouTube動画にしました。
https://youtu.be/Pu6czfzvZbM
自分の記事ですが、とても感動しました。画像と音が混ざると印象が違いますね。いいものができましたね、これを見た人の心の癒しになればいいですね。
ありがとうございます。私は特にピアノのBGMが気にっています。これからも、美しい動画を作成したいです。