死はタスクだ
みなさんは何のために仕事をしているのでしょうか?
まぁ金のため、食うために仕事をしている方が多いでしょう。
仕事が生きがい、ゲーム感覚、挑戦という意味で仕事をしている実業家のような方々はお金や飯のタネといったことで仕事はしていない方々もいらっしゃると思います。
人生においてやらなくてはならない事はいろいろあります。
登園、登校、進学、就職、趣味、結婚、子育て、マイホーム、退職、老後、
そして…
「死」
です。
ここで述べたのは、一例であって必ずしもやらなくてはならないものではありません。
別に何かを成しえなくとも上手に手配が付けば、何かの支援によって仕事をしなくても生きていける事はあるでしょう。
就職や結婚などは経験したい人だけがすればいいし、代替えや疑似体験もすることはできます。
やってみて合わなかったらのなら、ただ辞めたらいいだけの事です。
趣味もやりたい人だけが、やりたい事をすればいいし、趣味を通して人生観を養っていくことが必要な方は大いに励んでいただけたらと思います。
しかし、死は別です。
必ず経験しなくてはいけないものなのです。
ほとんどの方は、学校や仕事は目の前にカタチある物として存在していて、そのタスクを毎日こなしています。
何かの病気で、ずっと家や病院でベッドの上にいる方でも、時間を消費するというタスクをこなしています。
しかし、死はどうでしょう?
死を経験しない人はいません。
死をタスクと考えた場合、それをこなすために何をしたらいいのかを考えてみるい良い機会になるのではないでしょうか?
死というタスクをこなすには、今の自分は何をしたらいいのかを考える事が必要です。
死のタスクをこなすために何もしないのならそれでいいのです。
死に対して何もしないと決めたのならば、何かが起こっても後悔はしないからです。
アリとキリギリスの童話に例えるならば、キリギリスを演じきって冬に死ぬと決めて、決行したのならば、それはそれで結構なことなのです。
人生は人それぞれなので他人が口出しをする事でもないし、正解はありません。
死とは何か自分の死哲学を持つことの提案です。