何事にもゴールはあるのだ!
永遠というものに憧れる事は多々あると思います。
このままずっとここにいられたらな~、このままずっとこの人と一緒にいる事ができたらな~、ずっと休みだったらな~…
なんて思う事は誰にだってありますよね?
しかし、冷静に考えてみると、本当に永遠が続いたとしたらどうだろう?
このままずっとこの人と一緒にいる、永遠に一緒、それはそれでいいのでしょうが、楽しさや嬉しさ、尊さなどが薄れてしまうのではないでしょうか?
時間に限りがあるからこそ、楽しいのではないでしょうか?
それでは、どちらかを選べたとしたらどうでしょう?
永遠の命と、限りある命
どうでしょうか?
あなたなら、どちらを選びますか?
ハイッ!
今すぐに、5秒以内で決めてくださいッ!
えぇ~とっ! ん~!
3・2・1
ハイッ!
えぇ~、あぁ~、じゃあ…永遠の命でお願いします。
なんで?
なんで永遠の命を選択したの?
実業家の方々や、世界をまたにかけて精力的に活動するような方々は、永遠に生きていたいと思う方は多いかもしれませんが、一般的な方はそうでもないような気がします。(私見)
永遠の命って言っても、どんな状況の永遠の命なの?裕福なの貧しいの?それが提示されないと判断できないよ、ってよくあるちょっと面倒な質問はスルーします。
ここでは、細かな条件をあえて提示しないで、今の気持ちの瞬発力を重視しますのでスルーします。
この瞬発力は、延命治療を勧める医者や病院側と患者や家族側のやり取りにも大きくかかわってきます。
きっと、永遠の命を選んだ理由は特に無いでしょう。
端的に死ぬのが不安で怖いのでしょう。
いままで生きてきた中で、命は大切、人の命は地球より重たいのだ!
なんて言葉はよ~く聞いたことと思います。それは悪い考えなのだという事ではありません。
命は大切、重たいのは理解したよ、でもそれらと長生きや永遠の命とは関係ないんじゃないの?
なんて思ったりもします。
どういう事かと言いますと、短い命も長い命も
命は命です。
命は大切で重たいのですね、はいわかりましたっ!
だったら別に時間で分ける必要はありません。
いのちの大切さを語るうえで、時間軸は関係の無い事です。
短命は残念、長寿は立派という事にはならないと思います。
私の好きな吉田松陰先生(江戸幕末の活動家、29歳で刑死)もおっしゃっていました。
どのような短い人生にも四季はあり、良いときも悪い時もある。人生の長さは、さほど関係は無いといったような事をおっしゃっています。
短命も長寿も、
どちらの人生も素晴らしいし
どちらの死も素晴らしいのです。
長く生きたら生きた分、命を存分に使い果たしたことが、素晴らしい事なのでしょうか?
モノを大切に使う?SDGS?なの?
永く生きる=得なの?
早く死ぬ=損なの?
長生きや永遠の命が優れているように感じる事は、漠然とした感覚で、なんだか得をした気分のなるからなのでしょう。
同じ値段ならと、思考停止して大盛を注文するかの如し。
冷静に考えたら、違和感に気づきますよ。
ハッキリした理由もなく永遠に長生きをするとどうなるでしょうか?
ゴールが無いマラソンや、アウトの無い野球、終わる事のない夏休み、いくら飲んでも酒が減らない魔法のグラス…
ちょっと恐ろしいと感じるのは私だけでしょうか?
永遠に生きるという事は永遠に死ねないという事…全く以て恐ろしい…
何事にも終わりはあります。
終わりがあるから成り立っています。
終わりがあるからがんばれることもあります。
じゃあ終わりっていつなのよ?
終わりはそのまんま死ですよ。
では、試しに
あなたの人生アプリの
”終わり方”
の設定をしてみましょうよ。
設定はカンタンです、私が死ぬ時期を決めるサポートをして差し上げましょう。
ふぉっふぉっふぉっふぉっふぉっ…
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