カッコよさはカッコ悪さ故だった!
カッコよさの定義! 今回の記事だけのここだけの個人的な定義になります。
さて、カッコいいとは
完成されたものが美しい事と並行して、苦労を陰ながら感じさせることによってより磨きがかかり、そして目標に向かって現在も尚進行中な事がかっこいいと定義します。
完成されたものが美しいとしましたが、見た目が見苦しい場合もあります。
見た目が見苦しい場合にはその分の苦労や不器用さ、誠実な部分がよりカッコよさに磨きをかけますので、見た目が見苦しい部分は誠実に苦労を乗り越える勇気や心という完成された美しさがあってのモノになります。
心が奇麗という描写がわかりやすいですね。
見た目が美しい、完成、成功した人などは、苦労や努力を一切匂わせないというカッコよさもあります。
何がカッコいいのか、表面的にはその方が残してきた業績等で判断することは多いですが、成功せずとも、ただ単に努力や苦労を乗り越えてきた人、努力や苦労を進行中の人をカッコいいとすることもあるでしょう。
それは目標を持っている人!
このブログでは死生観を語りますので、
病と共に生き、目標を持っている人々です。
そんなカッコよさと、死や病を結びつけるとどうなるのか?
病気になることはカッコ悪いのか? 恥ずかしい事なのか?
死ぬ事はカッコ悪い事なのか? 残念なことなのか?
次の項では、そのような事を考えて行きましょう。