飲酒運転者は殺人予告者
いのちのメッセージ展を見ていて一番心に残った事は、やはり
飲酒運転による死亡事故です。
どういう訳か、飲酒運転をしている側が生きているというパターンも見受けられます。
データを取って調べたわけではないので、あくまでも私見なのですが、
飲酒運転をしている側の人間は、事故の直前には緊急回避をしていて、自分自身の命を守ろうと身構え、ハンドル・ブレーキ操作を無意識で行った結果、自分だけが生き延びている。
そのような分析もできるのではないでしょうか?
自分勝手な行動をして(飲酒運転)最後の最後には自分の命を守ろうとして、生き延びようとする無意識な行為、全てが自分本位、
絶対に許される事ではありません。
事故に遭った本人や遺族の感情はどのようなものか想像をすることもできません…
飲酒運転をしている人は正直たくさんいる事と思います。検挙の数以上想像できないくらいにある事でしょう。
ただ、運良く捕まらなかった、運悪く捕まった、事故は起こさなかった、車を擦っただけだった、追突はしたが相手にケガはなかった…
だから良かった???
そんな予告殺人者(飲酒運転)の数を入れたらトンでもない数字になることでしょう。
飲酒運転が無くなる事は無いという前提で話を進めていきますと、頼みの綱は前項でも述べましたが
運転者の良識
この一点でしかないのですね。
周囲が交通ルールを守っていても、飲酒運転者によって突然命を奪われる、しかも飲酒運転者はのうのうと生き延びているという現実…
この現実は受け止めなければなりません、物語りの中の話では無いのですね。
遺族の方々は長い時間をかけてこの現実を受け止めようと必死で活動を続けて、強く生きている事でしょう。
この方々の活動にどのようの答えるかは、あなた次第でしょう。
それは、誰かのためにではなくて、自分自身の事でもあるのです。
飲酒運転をする人、飲酒運転を勧める人、周りで見ている人、
みんな
予告殺人者(飲酒運転)です。
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