まとめ・最期に得をする人とは?
エリザベスキューブラーロスさんが言うほんとうの人生とは、
”死をリアリティとしてみとめたとき、同時に生のリアリティをみとめざるを得なくなるからだ”
要するに選択肢を奪われた環境に置かれた場合に発生する心理状態と言って良いと思います。
紛争地帯でミサイルが無差別的に毎日飛んでくるような地域に住んでいる人と、それをテレビで見ている人とでは、本当の生、本当の人生を感じる心理状態が違うのは当然です。
平和な地域で生きている人は本当の生を感じる事は無く、ましてや毎日を退屈に感じている人が多い事でしょう。
そこにはほんとうの人生、ほんとうの生は無いと言っていいと思います。
不幸にも選択肢とは無縁の死に方もあります。
災害や事故、事件によって突然命を奪われることです。
突然死が訪れる場合人生のリアリティを感じる事はできません。これは、アクシデントなのでどうすることもできないのですが、それに対する備えは必ずあるはずです。
備えと言っても、毎日を事件や事故、災害に過剰に警戒して生きるのではなくて、今生きている事をかみしめて生きるということです。
生きている事があたりまえでなのはなくて奇跡のように感じる事ができる人が最強なのです。
いま生きている事が奇跡なのだと感じる事ができるのならば、
本当の生を死ぬまで謳歌できるのです。
しかも、毎日毎日どのような事にも感動して生きることができるのです。
しかし、理屈としてはそうだとしてもそれが永く続くとやはり退屈な日々に戻ってしまいます。
気を抜くとめんどくせ~とか、かったりぃなぁ~とか日々のマンネリとかを感じてしまいます。
無理矢理ポジティブに生きようとして、疲れてしまっては本末転倒ですしね。
では、どうしたらいいのか、
ここで
怒りを利用する!
????
ど~ゆ~こと?
そう、怒りを利用するのです!
エリザベスキューブラーロスさんは言いましたよね?
なんだかシャクじゃない?
本当の人生とは
いまだよっ💢
いままでもそうだしこれからもだよっ💢
って思いたくない?
死ぬ間際になってからが本当の人生だと?
本当の人生はそんなに短いのか?
じゃあ産まれてから今まではなんだったんだよっ…
今までの人生、想い出や経験をニセモノだったなんて事にはさせんぞっ!
という怒りの感情があれば
短い人生、退屈な日々などを過ごしている訳にはいかんぞっ!
人はいつどこでどんなふうに死ぬかわからないからしっかりと生きよう、しかしそんな考えも時間が経つと忘れてしまいます。
しかし、怒りのパワーをもってすれば毎日をポジティブに生きることが出るはずだ、そして本当の人生を生き抜いた人こそが最期には得をするということを結論とします。
どのような死が待ち受けようとも、
しっかり生きてしっかり死ぬ!
今からでも遅くはない、本物の人生を歩もうじゃないですか。
過去の人生をニセモノにしないために。
注・エリザベス・キューブラー・ロスさんの言葉を超極端に解釈した思考なので、エリザベス・キューブラー・ロスさんは産まれてからの死の宣告までの人生はニセモノだとか無価値と言っている訳ではありません。
”死テラシーブログ”
