エリザベス・キューブラー・ロス 偽物の人生を怒りで粉砕せよ!

前向き思考

どうもこんにちは

なんの教訓にもならない無益のブログ

”死テラシーブログ”

でございます。

いきなり引用です。

死の床にある人たちが教えてくれた意外なレッスンのひとつは、致命的な病気の宣告をうけたときに人生がおわるのではなく、そのときに人生がほんとうにはじまるのだ、ということだった。死の宣告をうけたときに真の生がはじまるのは、死をリアリティとしてみとめたとき、同時に生のリアリティをみとめざるを得なくなるからだ。その人は自分が「まだ生きている」ことに気付く。ようするに、死にゆく人たちが教えてくれる第一のレッスンは、毎日をフルに生きるということなのだ

引用・エリザベス・キューブラー・ロス ライフ・レッスン

なんということでしょう?

死の宣告を受けてから本当の人生が始まるんだと?

じゃあ、今まで生きて来た人生は何だったのだろう?

ニセモノの人生だったのか?

ほんとうではないニセモノの人生をほとんどの時間を生きているなんて、バカバカしくないか?

死を宣告されてから死ぬまでの少しの時間だけがほんとうの「生」ほんとうの人生なのだと…

いっている事は何となくわかるがそれじゃああまりにもせつなくないか?

という訳で、本当の生を生きるにはどうしたらいいのかということを考えてみましょう。

結論

ほんとうの生(人生)を感じるには、ほんとうの死を感じるほかはない

しかし、そうカンタンな事ではない。

”ニセモノのつまらない人生などとは言わせない”

という怒りのパワーで退屈に感じる日々を生き抜くこと

ということになります。

大きな病気を罹った人や、遭難した人、九死に一生を得た経験がある人などはほんとうの生を感じることはあるでしょうが、生死をさまよう様な経験が無い一般的な人は生きている事はあたりまえの事で、生きている事に感謝をすることは無いと思います。

だから、ほんとうの生は感じづらいのでしょう。

一般的な普通の生活をしている人が、キューブラーロスさんの言うほんとうの生を日々感じることは、なかなかできません、死に際に立たされていないからです。

死に際に立たされていない人は人生のほとんどがニセモノの人生を歩まないとならないのか?

そんなの嫌じゃない?

では、どうしたらいいのか?

ほんとうの生を感じやすくする心を持つトレーニングをしたらいいということになります。

タイトルとURLをコピーしました