片思いはつらい
世の中だんだんと生きづらく感じてしまうことが多くなっているような気がします。少数派を排斥するような個性を否定するような文化はまだまだ現存しています。
農耕民族の日本人特有なのかは知りませんが、ちょっとズレた人や感覚が鋭すぎて行動が遅く、容量が悪い人などは戦力外として敬遠されがちです。
Twitterの一部のアカウントでは死にたい、消えたい、生きる価値が無いなどとつぶやく人がいます。
Twitterでつぶやいてデトックス効果をもって気分が晴れるといったような良い効果が出る方などは、存分にSNSを利用すればいいのですが、逆に周囲の反応次第で余計希死念慮が増すなんてことも考えられます。
リストカットなどの自傷行為の傷跡や、鮮血に染まった腕をSNS上に載せている人もいます、その時は気分が高揚していて嫌な事も忘れている事でしょうが、時間が経つにつれて高揚した気分は反動が大きく、今度は一気にうつ状態になるなんてこともあります。
リストカットについてはこのブログでも扱っております、興味のある方どうぞ

死にたいけれども、痛い怖い恐ろしいから死ねないという方もいます。
安楽死を希望するようなツイートも見受けられます。
きっとこの方々は生活しているうえで、死を基準にして生きているのだと思います。今の生活を続けるくらいなら死を選ぶと考える、次の仕事が合わなかったら死を選ぶといったように考える。
生活の基準を
”死”
としている人です。
俗にいう普通の人(個人的に普通の人などはいないと思っております)は死を基準にするような考え方はしないように思います。
お金や時間、友達、家族、仕事などが生活の基準になってきます。
好きなアイドルと握手ができたら死んでもいい、このでっかい仕事をやり遂げたら死んでもいい…
これはただの表現で
本気で死んでもいい
とは言っていませんよね。
死を基準に身近に考えている人ほど、死に熱烈に恋している人ほど
死は遠ざかっていくような気がしてなりません、
恋愛と同じように
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